ルル部ノート

LOLに登場するルルを愛して止まないルル部のブログです。

ケイトリンのバイオ・ストーリー(2021.11)

「ピルトーヴァーの保安官」
裕福な名門商人一家に生まれたケイトリン・キラマンは、ピルトーヴァーで生きていくための社交儀礼をすぐさま身につけたが、当の本人は自然の豊かな街の外で過ごすほうが好きだった。“進歩の都市”で資産家のエリートたちと馴れ合うのも、森のぬかるみの中で鹿に忍び寄るのも、彼女にとっては造作もない。ある時は商業地区の上を飛んでいく鳥を難なく追いかけ、ある時は百歩先にいる野うさぎの目を、父親の連射式マスケット銃で撃ち抜いてみせた。

もっとも、ケイトリンの一番の強みは、両親から学ぼうとする知性と意欲にあった。快適で恵まれた暮らしの中にあってなお、彼女は両親から善悪の確固たる基準を叩き込まれた。ケイトリンの母親はキラマン一族の上級会計監査役の一人で、ピルトーヴァーの街がいかに誘惑にまみれ、そのうわべだけの約束でもって人から思いやりを奪ってしまうのか、いつも娘に説いていた。最初のうち、ケイトリンはほとんど耳を貸さなかった──彼女にとってピルトーヴァーは、荒野から戻るたびに愛おしく思える、秩序の守られた美しい街だったのだ。

すべては数年後の“進歩の日”に一変した。

ケイトリンが帰宅すると、家の中が荒らされていた。ひと気がない。使用人は全員殺され、両親は跡形もなく消えていた。ケイトリンは家の安全を確かめるとすぐ、二人を捜しに向かった。

見通しのきかない街の中では、荒野で狩りをするようには獲物を追えなかったが、それでもケイトリンは我が家を襲った悪党を一人ずつ見つけ出した。そうした捜索の果てに、一軒の隠れ家へとたどり着く。両親はそこで情報を吐くよう拷問されていた。ケイトリンは闇に紛れて二人を救い出し、ピルトーヴァーの監視官たちに通報した…が、逮捕された誘拐犯の誰一人として、雇い主の素性を知らなかった──“C”というイニシャルの仲介役が存在すること以外には。

ケイトリンと両親は元の生活を取り戻そうとした…が、何かが根本的に変わってしまっていた。とりわけ母親のほうは、権力争いと二枚舌にまみれた一族の日常と向き合えなくなり、その誉れある立場から身を退いた。その結果、キラマン一族の支配層に空白が生じた。そして、ケイトリンは両親を心から愛してはいたものの、母の地位を引き継ぐつもりも、父にならって技術者を目指すつもりも毛頭なかった。

代わりに、ケイトリンはこの謎めいた“C”という人物を取り巻く、秘密と陰謀の網を突き破ることに心血を注いだ。そして狩りで鍛えた能力を活かし、私立探偵として身を立てると、人でも何でも探し出せる人物として、たちまち世に知れわたった。ケイトリンの両親は自分の力で成功を掴んだ娘を称えて、どんなマスケット銃よりも精度に長ける、技巧を凝らした美しいヘクステック式ライフルを造って贈った。この銃は様々な特殊弾を装填できる上、状況に応じて手軽に改造も施せる優れものだった。

消えたヘクステック装置と幼児の連続誘拐が絡み合う、極めて後味の悪い事件のあと、ケイトリンは監視官たちに呼び出された。

ケイトリンを推薦したのは、同じように不可解な事件への関心を募らせていた監視官だった──そして二人の協力体制の下、自身の薬によって正気を失ったケミ研究者が雇った、つぎはぎの怪物めいたならず者の一団と戦ったのち、ケイトリンは正式に保安官になってはどうかと持ちかけられた。一度は固辞したケイトリンだったが、監視官たちの情報網を使えば、より早く“C”の正体を突き止められるのではないかと思い直し、この打診を引き受けた。

それ以来、ケイトリンは監視官たちの間でも尊敬を集める保安官となり、“進歩の都市”の平和と安全を守るべく日夜戦っている。最近は勝ち気で向こう見ずなゾウン出身の新人、ヴァイと組むようになった。水と油のような二人がなぜ手を組んだのか──しかも目覚ましい成果を挙げられているのか──という点については、監視官仲間はもちろん、二人が刑務所送りにした悪党たちの間でも、突拍子もない噂話や、見当はずれの憶測の的になっている。

だが、ケイトリンは知らない。自身の捜査によって真相へと近づいていく中、あの“C”もまた、ケイトリンの動向に目を光らせていることを…

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追跡は蜜の味
太陽の門が閉じられて鐘が三回鳴っても、ピルトーヴァーが眠りにつくことはなかった。まさに今、ケイトリンはある場所に向かっている。メインスプリング・クレセントを駆け抜け、夜更けまで大騒ぎしながらそぞろ歩く人々をすり抜けるように、カフェやビストロが立ち並ぶ洒落た並木道を進む。ナイトクラブから続々と人々が出て来る。すぐそばのドロースミス・アーケードにある劇場からも。この通りは間もなくごったがえすだろう。早くデヴァキに追いつかなければ、取り逃がしてしまう。

「奴が見えるか?」背後からモハンが叫ぶ。

「見えてたら、とっくに狙いをつけてるわ!」

肩から下げているヘクステックのライフルはいつでも撃てる状態だが、ターゲットがいなければ話にならない。そしてデヴァキは、驚いて駆けだす鹿よりも逃げ足が速かった。彼はこの五週間の間に、(判明しているだけで)三つの名家の作業場に押し入っている。また、その他に起こった二つの事件についても、ケイトリンは彼の仕業だと睨んでいる。いずれの作業場でも何か重大なプロジェクトが進められていると踏んでいたケイトリンとモハンは、モリチ一族の各作業場に見張りをつけていた。そのヤマは当たり、デヴァキが現れた。最初は気づかなかったが、点灯係が街灯に次々と明かりを灯していくと、デヴァキの姿が通りの向こうにあるカフェの窓に映し出された。同時にデヴァキもケイトリンがいるのに気づき、波止場のネズミの如く逃げ出したのだ。

ケイトリンは次の交差点で足を滑らせながら急停止した。ガラスの檻に囚われた炎が、街灯の先端で燃えている。その暖かく黄色い光が、驚きの目でケイトリンを見つめる人々を照らし出している。特徴あるデヴァキの影を捉えるべく、ケイトリンは淡いブルーの瞳で人々の姿に目を走らせる。

若い男が通りを渡ってケイトリンのところにやって来た。夜遊びに浮かれて頬が赤い。彼はケイトリンに手を振って、こう言った。

「走ってた男を探してんだろ?デカい帽子をかぶってる奴?」

「そうよ」とケイトリン。「彼を見たのね。どっちに行ったの?」

若い男は左を指して言った。「あっちにすっ飛んで行ったぜ」

男が指さす方向を見つめると、うきうきしながら劇場に向かう人々がドロースミス・アーケードから溢れ出している。アーケードにはアーチ状の天井が続き、細かい細工が施された鉄柱とステンドグラスが目を引く。人混みの中には道端で飲み物を売る人々や、金持ちの男を探す売春婦も交じっている。モハンがようやくケイトリンに追いついた。汗だくで息を切らし、頭を垂れ、両手を膝に置いて身体を支えている。青い制服の上着は歪み、帽子は後ろにずり落ちている。

「群衆に紛れようとしているんだろう」と喘ぎながらモハンが言った。

ケイトリンは突然現れた「善き協力者」をしばし見つめた。よく仕立てられた、仕立ての良い高価そうな服を着ているが、袖口はほつれ、肘の部分は擦り切れている。ケイトリンの目が細くなる。色も襟のデザインも、去年の流行りだ。

金持ちね。でも、ツキに見放されている。

モハンは混み合う通りの方を向いて言った。「おい、ケイトリン!行くぞ。奴を見失ってしまう」

ケイトリンは片膝をつき、通りを違う視点から見た。よく踏みならされた敷石は、夕方に降った雨に濡れて、つやつやと光っている。この角度からだと、逃げる男が残したと思われる、石を踏んだ跡が見える。しかしその跡は左ではなく、右へと向かってていた。

「そんな嘘をついて、デヴァキにいくらもらったの?」ケイトリンは流行遅れの服を着た若い男に言った。「ヘクス金貨一枚より安いのなら、体よく騙されたってとこね」

男は手を合わせ「実のところ、五枚ももらったんだぜ」というと、くるりと背を向け、笑いながら群衆の中に走り込んでいった。

「何だと…?」とモハンが言いかけたときには、ケイトリンは逆の方向に駆け出していた。貴重な時間を無駄遣いしてしまったが、デヴァキの行き先はわかった。モハンは瞬く間に置き去りにされる。彼女は時々モハンとコンビを組む。彼は砂糖をまぶしたパンに目がない。それは、警官の妻がよく夫のために作るパンだ。

ケイトリンは曲がりくねった細い道を走り、人がめったに通らない路地を抜け、煉瓦造りの倉庫の高い壁に挟まれた小道を進んだ。 彼女とぶつかるたびに上がる悲鳴に苛立ちながら、混み合った通りを横切る。ピルトーヴァーを真っ二つに分かつ巨大な谷に近づくにつれ、道はますます細くなる。しかし、ケイトリンはデヴァキの知らない抜け道を知っている。十数回も角を曲がった末に、また曲がりくねった、敷石がうねるように隆起する道に出た。ぎざぎざとしたラインを描きながら崖に続いている。この道は、地元の人々にドロップ・ストリートと呼ばれている。道の一番先で、ヘクステックのコンベアがぜいぜいと喘ぐような音を立てて夜遅く、日が落ちるまで稼働しているからだ。

鉄枠のキャビンはまだ開いておらず、菱形のグリルも閉じられたままだ。ゾウンの人々が十五人ほど、酩酊したままチケットブースに集まっている。その中に探している男はいない。ケイトリンは彼らに背を向けてしゃがむと、ライフルの銃身をメダルダ一族の印が入った木箱にもたせ掛けた。間違いなく盗み出されたものだ。しかし、今この箱を確認している時間はない。

ケイトリンは親指でライフルの撃鉄を起こし、銃を構える。銃尾からブーンという小さな音が響いて来る。台尻をしっかりと肩に押し付けると、ゆっくりと呼吸する。頬を胡桃の銃床に押し当てて片目を閉じ、透明な二枚のレンズ越しに狙いを定める。

あまり待つ必要はなかった。

角からデヴァキが現れた。ロングコートの裾をひるがえし、背の高い帽子をかぶっている。急いでいる様子はない。追っ手をまいたと思い込んでいるのだ。真鍮で角を補強したケースを持つ手には、金属製の爪が付いている。それは、彼がまだ若い頃、客の事情など一切尋ねないゾウンのとある装身具店で、たいした考えもなしにつけた粗悪品だとヴァイが言っていた。

ケイトリンはその奇怪な様相の手を狙い、引き金を引いた。オレンジがかった赤い閃光が銃口から迸り、デヴァキの手が吹っ飛んだ。彼は叫び、後ろ向きで倒れた。帽子が頭から落ち、ケースも地面に投げ出される。デヴァキが上を見る。ケイトリンを捉えると、痛みに見開かれた目に驚きの色が浮かんだ。彼は逃げ出そうとした。だが、ケイトリンはこの時を待っていたのだ。銃尾にあるサムスイッチを回し、再び引き金を引く。

今度は閃光がデヴァキの背中に命中し、エネルギーがバチバチと弾けて蜘蛛の巣状に炸裂した。デヴァキはのけぞって、地面に崩れ落ちた。ケイトリンはライフルの電源を切って肩から下げると、デヴァキのところに歩いて行く。電気の網の効果はもう薄れ始めていたが、そうすぐには立ち上がれないだろう。ケイトリンは前屈みになってデヴァキが落としたケースを拾い上げ、軽く舌打ちしながら首を横に振った。

「ど、ど、どうやって…」痙攣に体を震わせながらデヴァキが言う。

「――どうやってここにいるのを知ったのか?って訊きたいのね」とケイトリン。

デヴァキが頷く。がたがた震えているが、どこか芝居がかって見える。

「あなたがこれまでに犯した数々の盗みは、一つひとつにはたいして意味はない。 でも、もっと大きな目で見れば、あなたが部品を集めているように見えたのよ。ヴィシュラーのヘキシレンカリバーのね」

ケイトリンはデヴァキの横に跪き、固い体に手を置いた。

「知っての通り、その武器はあまりにも危険だという理由で、ここじゃ非合法なの。ピルトーヴァーで、わざわざ禁止されているヘクステックに触ろうなんて人はいないわ。でも、ノクサスにはいるかもしれない。きっと、気前よく払ってくれるんでしょうね。でもね、あなたがそんなものを街の外に持ち出すルートは、たった一つしかない。あまり評判のよくないゾウンの密輸業者を介す以外に術はないわ。この時間にまだゾウンに下りていけるのはここだけよ。ピルトーヴァーに潜伏する気がないのがわかれば、後はこのコンベアで待ち伏せしておけばいい。さて、いろいろ聞かせてもらいましょうか。あなたは、一体誰の指図を受けているのかしらね?」

デヴァキは何も言わなかった。ケイトリンはにやりと笑って、うつ伏せになったデヴァキの体に触れ、こう言った。

「素敵な帽子ね」